top of page
二胡.jpg

1. 二胡の歴史

歴史にそれらしい楽器が登場するのは今からおそよ1500年前です。文献にそれらの楽器の図や演奏方法が記されています。この頃は楽器を寝かせて演奏されていました。1368~1644年頃になって、現在の二胡に近い形となりました。

2. 二胡の発音

中国ではErhu『アールフー』と言われます。二胡の”胡”の字は中国では「異民族」
の意味があります。唐の時代(618~907)頃に歴史に登場します。北方の異民族からシルクロードを通って伝来したとも
言われますが諸説があります。

 

3. 擦弦楽器の二胡


擦弦(さつげん)楽器とは、弦を擦って音を出す楽器のことです。
擦弦楽器の起源はインドあたりと言われています。その後西に行くとバイオリン、
東へ行くと二胡や胡弓になりました。


4. 二胡の構造

  • 弦は2本あり、スティールでできています。弦は宙に浮いており、弦と弦の間に弓の毛がはさまっている状態で演奏をしていきます。

  • フレットはありません。

  • 本体は黒檀・紫檀・紅木など非常に硬い素材でできています。水に沈むほど密度が高く硬質です。

  • 弓は馬の毛に松脂を塗って擦って音を出します。そのためチャイニーズバイオリン、東洋のバイオリンと呼ばれることもあります。

  • 胴には、ニシキヘビの皮が張ってあります。駒はセンキンと呼ばれる上の駒と下のニシキヘビの皮の中央に一つ駒があります。

  • 2本の糸巻きが棹の上部にあって、内弦は上、外弦は下に弦を巻きつけてあります。ここで調弦を行います。巻きすぎると簡単に切れてしまうので初心者は注意が必要です。

5. 二胡の演奏

椅子に腰掛け、背筋を伸ばし、左の足の付け根に二胡を置きます。銅をしっかりとお腹につけることで楽器や演奏が安定します。正しい弓の持ち方をしたら、弦と弦の間に挟まった弓を左右に動かし内弦や外弦を鳴らしていきます。音階は左手で作ります。弦は通常左指で2本同時におさえます。演奏はとてもシンプルですが、微妙な力の入れ具合で実に多様な音色を発することができます。人の声や動物の声なども再現することができます。演奏はすぐにできるようになりますが、美しい音色を奏でるにはたくさんの演奏経験が必要です。

6. 二胡のサイズ

若干の違いはありますが大体全長は大体80cmくらい、重さは1キロくらいです。楽に持ち運びすることがでいます。

7. 二胡の楽譜

二胡の楽譜は一般的には数字譜という楽譜で数字で書かれています。

近年では様々な楽器と演奏するようになり五線譜を使うこともあります。
数字譜はドレミファソラシドが12345671で表記されます。
大抵はモノフォニック(単音)しかない二胡にとって数字譜はシンプルで無駄がなくわかりやすい楽譜です。

8. 二胡の調弦

二胡の調弦は、低い音の出る内弦がD(レ)、高い音がでる外弦がA(ラ)です。チューニングは440Hzであわせますが、ピアノなどと一緒に演奏するときは442Hzで合わせることもあります。共演者の楽器に合わせることができます。雨の湿度の高い日は音が低くなりやすく、晴れで乾燥した日は高くなる傾向があります。

9. 二胡の音域

D4,A4から、それぞれ約3オクターブ半の音域があります。
2本しか弦はありませんが、特殊な曲を除いて、弾けない楽曲はないと言えます。

10. 二胡の種類について

二胡には様々な種類があります。一般的に演奏されている二胡は蘇州二胡です。このほかに北京二胡、上海二胡があります。製造する土地により若干デザインやパーツが異なっています。蘇州が柔らかい音色、北京は大きめの音、上海は蘇州に近いです。
 

蘇州二胡の中にも、紅木・黒檀・紫檀・血紫檀・老紅木・老古木などがあり、素材によって音色が微妙に異なります。

二胡の仲間には、低音二胡、二泉二胡、高胡、板胡、雷琴などがあります。

11. 二胡の権威

二胡の権威としてよく名前を挙げられるのは劉天華です。それまで民間の伴奏楽器であったものを、1895年~1932年北京大学で二胡を教えることによって中国全土に二胡を広めたと言われます。47の練習曲と10の独奏曲があります。10の独奏曲は二胡10大名曲とも言われます。

他に阿炳・孫文明・黄海懐・朱昌耀・王建民なども有名な作曲・演奏家です。​

12. 二胡の普及度

日本で二胡はメジャーな楽器であるとは言えません。ピアノやギターなどの人口に比べるととても少ないです。また、どこの楽器店にもあるという楽器ではありません。しかし近年では若い人達が演奏することで、以前よりも普及してきている風潮があり、二胡という楽器の名前も知名度が上がりました。実は二胡はすぐに弾けるようになる楽器で(美しい音色を奏でるには練習と経験を積む必要があります)とても手軽です。ゲームや映画などにも二胡の音が使われるようになってきました。今後日本でも二胡は音楽・楽器愛好家で広がりをみせることでしょう。


13. 二胡の値段
値段は様々で練習用の安価なものは5万円程度から、少し良いものは20万円、もっと良いものは40万、60万〜様々なものがあります。同じ二胡でも使われている木材や蛇の皮の良し悪し、誰が作ったのかによっても値段が違ってきます。値段が高いから良い音ということではありません。好きな音色のものを選びましょう。
 

14. 二胡の販売
大型の楽器店や今はインターネットでも購入できますが、試し弾きができないうえに調整もしていないことがあります。初心者は二胡専門のお店か二胡を演奏できる店員さんがいるお店で調節をしてもらって購入するのがいいでしょう。
当教室でも手配・購入することができます。調整なども致します。


15. 劉天華10大名曲について

  • 1918年 病中吟
    1915年に書き始められ1918年に完成しました。
    1911年の革命失敗後、中国は暗黒時代に陥りました。当時まだ16歳だった劉天華氏は家が貧しかったため学業を続けることができず、弟の劉伴農の後を追いました。彼は「啓蒙演劇クラブ」に参加するために上海へ行き、ピアノ、ヴァイオリン、西洋金管楽器を学びました。 1914年に演劇クラブが解散すると、彼は江陰市の華城小学校で教えるために故郷に戻りましたが、十分な教育を受けていないという理由で半年後に解雇されてしまいます。 1915年の春、残念なことに劉天華氏の父親は病気で他界。貧困、失業、そして父親の死という何重もの打撃を受け、20歳だった劉天華氏はうつ病と病気に苦しみ、大きな精神的苦痛を背負いました。ひょんなことから竹管二胡を購入し、ヴァイオリンを習っていた経験から、自分の心境と合わせて毎日繰り返し二胡を演奏するうちに、二胡の演奏技術を習得していきました。そのときに「病中吟」が生まれました。
     

  • 1918年 月夜
    1918年8月、劉天華氏が夏休みの終わりに自宅に戻ってきたとき、家族が夜、中庭で涼を楽しんでいるとき、月明かりの下で「月夜」の初稿を作成し推敲を重ねて正式に完成しました。「音楽は作曲する奏者の心の模様を表している、それは二胡でも同じではないか」
     

  • 1926年 苦悶之謳
    この曲について彼は「苦しみを楽しむという意味です」と説明しました。劉天華氏は中国音楽の大義を発展させるために全力を尽くしましたが、さまざまな困難と抵抗に遭遇し、その苦悩と憤りを生き生きとした音楽の語彙で表現し、困難を楽しみ、自分を慰めました。
     

  • 1927年 悲歌
    「処世難」としても知られる「悲歌」。 志高くして突き進んでいく過程で、様々な困難に遭遇し、そこで発せられる悲憤と感歎に溢れた心の声を表現しています。個人や家族の不幸に関する「小さな悲しみ」ではなく、国と国家の将来と運命に対する懸念に満ちた「大きな悲しみと大きな怒り」です。強い内なる感情を表現したと言われています。
     

  • 1928年 良宵
    1928年1月22日 (旧暦の大晦日)、劉天華は音楽業界の友人や学生を自宅に招き、新年を祝いました。室内の照明は明るく、外では爆竹の音、そして子供たちの笑い声が交錯するこの光景を前に、劉天華氏は幸せな気分でした。ひとつは、昨年彼は「中国音楽向上協会」と「ミュージック・マガジン」を設立し、これが彼のキャリアを押し上げたこと。二つ目に、人々が彼の家族のもとに集まり、共同で「中国音楽向上協会」を組織としました。この楽しい雰囲気に影響されて、彼はピアノを弾きながらメモをとり、二胡独奏曲「除夜小唱」を作曲し、後に「良宵」と改名されました。この曲は、劉天華が最も短期間で作曲した二胡曲です。
     

  • 1928年 閑居吟
    この歌は 1928年、劉天華氏が33歳のときで彼の創作の絶頂期の頃です。彼が勤めていた大学は授業を再開し、生活はある程度安定し気分は比較的幸せでした。しかし、当時は中国の最も暗い時期でもあり、人々は中国音楽の発展を扱うつもりはありませんでした。逆境に直面した劉天華は、中国音楽の改善と改革を目的に「中国音楽向上協会」を積極的に設立し、「国立北京音楽院」の設立も検討し始めました。この時期、劉天華氏の音楽活動は比較的順調で、キャリアもある程度確立していましたが、依然として困難な状況にありました。劉天華氏は、そんな相反する感情の中でこの歌を作曲し、レジャー気分と充実した気分、そして楽観的な態度と良い時の隠れた不安を表現しました。
     

  • 1928年 空山鳥語
    1918年に書き始められ10年後に完成した曲です。タイトルは唐代の王維の詩「空山には人影なし、ただ人語の響きを聞く」『鹿柴』から取られています。この作品では山々に響きわたるたくさんの鳥のさえずり、深い山々と谷の美しい芸術的概念を描写した非常に鮮やかな作品です。 1993年には中国国民文化促進協会より「中国20世紀音楽古典賞」を受賞しました。
     

  • 1931年 光明行
    二胡の十大名曲の一つに数えられる「光明行」は、1930年頃に作曲され1932年に出版された二胡独奏曲です。メロディの起伏、転調、曲進行、音楽構造、演奏技術など、西洋音楽の先進的な要素をふんだんに取り入れていますが、音楽全体は独特の中国のスタイルを維持しています。これは中国的な行進曲であり、西洋音楽を取り入れ当時の中国音楽を豊かにした模範的な作品です。
     

  • 1932年 独弦操
    「9.18」事件直後の 1932年1月に作曲されました。劉天華氏は祖国の将来を憂い、この曲を書きました。最初「忧心曲」という名前を付けましたがすべて内弦で演奏するため、「独弦操」と名付けられ、二胡の演奏技術を豊かにしました。
     

  • 1932年 燭影揺紅 
    劉天華が作曲した最後の二胡作品で、1932年に作曲されました。この曲は広東語の歌からタイトルを借用したダンス曲で、ワルツのリズムを取り入れ、華やかで華麗なダンスシーンを思い浮かべることができます。曲の雰囲気は明るく、メロディーは滑らかで、美しいですが、悲しみと哀愁を含んでいます。
    ​蝋燭の炎がゆらゆらと揺れ、その様子を人の人生に例えたとも言われています

     

16. 奥深い二胡

シンプルで奥の深い楽器二胡。その魅力に魅せられると一生の伴侶となります。様々な中国の民謡、知らなかった素敵な曲、演奏を通してできる仲間、何をとってもすばらしい楽器で、それは宝です。馬頭琴は無形文化遺産に登録されてましたが、二胡も同じと感じます。ひとつひとつを丹念にやって、それが仕上がっていく感動は言葉にできません。

 

あなたも『二胡』すぐ始められます
▫︎高蔵寺中日文化センター 第2第4水曜日 13時~ 14時20分~

▫︎春日井教室は時間応相談

▫︎清須カルチャーセンター 第1第3月曜日 13時半~ 15時~ 15時20分~

                第2第4火曜日 19時~ 

春日井教室は馬頭琴教室・沖縄三線教室があります。

遠方の方はオンライン講座もあります。

二胡は12万円からご用意があります。生徒値引きあり 


二胡についてわからないことがありましたらどうぞお気軽に久保さりーまでご質問ください
久保さりー

 

二胡について

090-1822-1970

  • Facebook のアイコン
  • X

© Copyright 2023 KuboSally Official site. All rights reserved.

bottom of page